Nowhere To Hide

カテゴリ:ミャンマー馬のいる生活( 11 )

馬のいる生活 11 



















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知り合いのウジコンがバガンに住んでいたお蔭で、色々なツテを頼りに連絡し、どうにか買い手がついた。バガンで旅行者などの西洋人相手に乗馬ツアーを主催している団体だった。

実は中々モンチャ売る覚悟ができずに、ここに管理費として預けたらいくらになるか尋ねたところ、ミャンマーではありえない先進国での一般的な金額を提示された。

いささか信用に足らない印象を受けたが、実際にモンチャを見に来た調教師の経験と知識に納得し、モンチャを引き渡すことにした。ここならばモンチャをきちんと治癒させ、まだ若い去勢していない雄馬を管理できると思ったからだ。間違いなく僕よりは経験があると納得できた。

当初購入した金額に比べると安価な売却になったが、現在のモンチャの体調と、僕のミャンマーに滞在できる境遇を考慮したら、妥当だと判断した。

しかし、いざモンチャが僕の元を離れると思うと現実味がわかず、どう対処していいものかわからなかった。あっけない別れだ。当初の予定していた旅とはかけ離れた別れだ。とりあえずモンチャ ありがとう、さようなら。




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by hideoku0413 | 2015-08-14 22:39 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(2)

馬のいる生活 10 決断
















モンチャの体調がかんばしくない。バガンでの停滞を与儀なくされる。

残りのミャンマー滞在日数と旅の行き先を考えると、モンチャの回復を待っていることができないようだ。モンチャは傷が膿んでいる患部を風にさらして安静にしていれば問題なく回復するようだが、僕がミャンマーを出国するまでには責任ある誰かに売らねばならない。幸いバガンは旅行者対象に多くの馬車が走っているので、馬を扱っている人たちは多い。この先バガンを出てしまえば馬を売買することが難しくなる。

予定していた馬の旅はあっけなく終わってしまうが、ここバガンで馬を売ることを決断した。僕にとっては夢の買い物だった馬がいなくなってしまうのは苦渋の決断だが、出国間近まで飼っているのも難しい。初めからいつかミャンマーを離れる時には手放さなければとはわかっていたが、できるだけ知り合いのつてを借りていい人に買ってもらいたい。

今の馬の体調を考慮すると高くは売れないだろう。


獣医のいた村で聞き込みを開始すると、すぐに馬を世話している家族を紹介された。色々電話をして聞いてくれるが、いい返事はこない。珍しがって村人たちが集まる。

数時間待っている間に偶然にも知り合いが通り過ぎた。こんな村の奥で知り合いに会うとは思わなかったが、仏塔を建てた際に来てくれた職人に食事を提供する役目のおじさんウジコンさんだ。馬を世話する家族とも知り合いの彼は色々面倒を見てくれる。まず馬が売れるまで彼の家に置いてくれる。鞍や水勒など一式も、いつになるかわからないが、ぼくが次回ミャンマーに戻ってくるまで預かっておいてくれる。真裏がエーヤワディー川なので子供たちに馬を川辺に散歩にいかせてくれる。僕はその間、エサを買いに隣村に訪れ、馬車で餌を大量に運んでもらう。知り合いの助けを借りてとりあえず肩の荷が降りた。助かった。








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by hideoku0413 | 2015-08-12 23:00 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(2)

馬のいる生活 9

















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寺の朝は早い。せかされるように準備して早朝より出発。モンチャの調子が乗らない。膿んでいる睾丸のせいだ。よほど痒いのか片足を頻繁に持ち上げて舐めようとする。僕が背に乗ってからでもやっているので、バランスを崩してちょっとした坂道上で滑って転んだ。荷物や鞍がグチャグチャになる。昨日の雨のせいで道もぬかるみ朝から泥だらけになる。バガンはもうそれほど遠くない距離にあるはずだ。ついたらすぐに獣医に見てもらいたい。


















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途中のバイク修理屋、兼喫茶店で軽い朝食を済ます。





















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ヤギの放牧の群れに合流してしばらく移動





















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降ったりやんだりのこの日、雨宿りできるところがあれば助かる。モンチャが嫌がるので乗ったり降りて一緒に歩いたり、、、天気のせいもありなかなか進まない。




















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夕方前に何とかバガンの郊外に入った。広いバガンの中で獣医を見つけるのに手こずると思っていたが、入ってすぐの村にいた馬を飼っている親父さんに尋ね、すぐに獣医のところに案内してくれた。





















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慣れた手つきで獣医さんは薬を投与する。旅の出発前に打った薬と同じものだ。あまり効かない気もする。




















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僕は消毒して良く汚れをとり除くが、まだ痒いようだ。消毒中も頻繁に舐めたり足を上げたり痛々しいが、日中よりは大分落ち着いている。




















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村の親切はとてもありがたい。見ず知らずの外国人の世話をかって出てくれる。馬の保管、エサ、僕の食事などまで、、、。




















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by hideoku0413 | 2015-08-11 10:59 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(0)

馬のいる生活 8 旅二日目












二日目の朝、トゥンや姉さんに見送られ出発。

なんだかモンチャが歩くのを少し嫌がっている。行くあてのない旅にモンチャも不安なのかもしれない。鞍にまたがったままカメラを手にするため手綱を離すとすぐに振り向いて来た道を戻ろうとする。すぐさま僕も進行方向に戻すとふてくされる。

確かに朝から暑いから鞍の乗っている背中が汗でびっしょりになる。触ると毛もごっそりくっついてくる。僕の両足で挟んでいる鞍の下まで汗をかき、ズボンも濡れる。オレも暑いけど頑張ろうよ!と奮い立たせるが、根が僕と同じく怠け者だ。仕方ない、そんなに嫌なら、と降りて一緒にてくてくしばらく歩く。

馬は人の心がわかると言う。馬は人と心を通じることができると言う。僕らは何だか、対等の立場で似たもの同士のような気がする。モンチャは相当ヤンチャな奴だ。去勢もしていないのでかなりぶっきらぼうでガサツな所がある。今まで何度となく噛まれてきた。振い落されたことも何度かある。なので僕もいつまでも優しくないぞ、という態度で接してきている。体全体で対応しないとなめられるだろう。もうお互い意地を主張する同士、憎まれ口叩きながら何とか付き合ってる、という感じが近いかもしれない。

写真はあまり撮らない。馬から降りている際も荷物が多いし、移動中きちんと撮るには鞍から降りてモンチャをどこかにつなぐ必要があるからだ。今は写真より馬の世話に気を使っているせいもある。






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川を縦断する道。ひどい雨期以外は通行止めになることは少ない。





















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その代わり、砂埃がひどい。彼らはちょっとしたアイデアでここでいつも仕事をしている。左端に写っているジョウロで水を撒き、車の通行の度に砂埃が舞い上がるのを防いでいる。車が通る度に手を挙げて小銭を稼いでいるが、さすがに馬で通るヤツには金をせびらなかった。



















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ちょっとした村に入れば、喫茶店がある。そこで喉を潤し、サムサやシャンヌードルを食べる。

モンチャはというと、僕の住んでいた町の馬飼いは、その日の行程を歩き終わるまでエサはやらないほうがいいとの指摘だった。なのでできる限り与えすぎないようにしている。


















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以前から話には聞いていたが、日本人が訪れる寺院があるとのことだった。しばらく歩いた日暮れ間近、偶然にもその寺院を見つけたので立ち寄ってみる。この寺院には戦時中、インパール作戦が失敗した日本の敗走兵が数人逃げ込み、やっかいになり、ここで戦死した人もいたそう。そういった関連で遺族がこの寺院と今でも関わりがあるそうだ。

僕の祖父もミャンマーで戦死し、詳細は不明なままだが、もしかしてと思いリストを見せてもらった。そこには名前はなかった。


















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寺院の中に招かれ、お茶やお菓子でもてなしてくれる。ここにいた住職が日本に何度か訪れた写真などを見せてくれる。その住職は偶然にも一日前に亡くなったそうだ。写真に撮るのははばかれたが、奥のベッドに遺体が安置されており、訪れた誰もが手を合わせることができる。暑いミャンマーでは腐敗が進むのが早いだろうが、何とこのまま数か月安置させるそうだ。ベッドの下からお香というか虫よけの煙を焚き、蚊帳をかぶせているだけだった。


















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色々話しているうち、僕が宿を決めかねていることも考慮してくれ、ここに泊まらせてくれることになった。助かるが、亡くなった住職と同じお堂で寝るのがちょっと、、、。まあ小坊主達も一緒ならいいか。


鞍を外してモンチャにゆっくりしてもらう。村の若い連中がエサを分けてくれ、寺のバケツで水をやる。
モンチャの膿んだ睾丸があまりかんばしくない。朝、夕と薬を塗りこむが、手に血がついてくる。あまり良くはなっていないのかもしれない。




















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by hideoku0413 | 2015-08-01 20:38 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(0)

馬のいる生活 7 出発














馬の旅の出発日。腫れていたモンチャの睾丸も治まり、獣医の許可も前日に得たが、毎日の消毒は欠かせない。

もう宿舎の部屋には何もない。忙しく働いていた頃とは比べものにならないほどの殺風景だ。

持ってきたカメラ機材や今回の馬の背に乗せない荷物は、バガンに住んでいる知り合いに持っていってもらうよう頼んだ。

現場事務所のあったセイピュー町からバガンまでの約40キロの道のりを当面の目的地とする。それより先のことはその時に考える。まだ方向や期間すら決めていない。何より馬の体調が優先するので何も確定はできない。

馬を買って宿舎まで戻った道のりは約20キロあった。午後に出発して日暮れには到着したので、無理して急げばバガンまで一日でなんとか辿りつける距離だ。しかし、この旅は急ぐ旅ではない。涼しい早朝に出発して熱い日中を避け、また夕方に乗れればいいと思っている。

だから泊まる場所も未定。ミャンマーは外で勝手に寝ていても問題ない。

カメラは一眼レフボディにレンズ一本。だが揺れる背に乗っていては基本的に大した写真は撮れない。


朝7時過ぎに荷物を積んで出発。以前話をつけておいた氷屋に立ち寄り、水筒2本に約40円で氷を詰めてもらう。セイピューの町を出るまでは、知り合いに遭遇するので中々はかどらない。町のはずれにあるエーヤワディー河を渡るまでに1時間半以上かかってしまった。







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河を渡ったところにあるチャウの町の喫茶店で朝食を済ます。顔見知りで何度か立ち寄ったことがあったが、もう戻らないことを伝えると快く見送ってくれた。

それにしても相当目立つらしい。ミャンマーでは基本的には馬の背に乗る乗馬はしない。同じアジア人だし、ミャンマーにはいろんな部族がいるのだが、僕が外国人だというのは遠目からもわかるらしく、凝視される。今まで車やバイクで移動中に凝視されることもあるが、一瞬で通り過ぎるので苦にはならなかった。しかし馬の歩くのは遅い。人の多いカフェの前などを通り過ぎる時の凝視はすごかった。














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町を離れるとほっとする。宿舎で働いてくれていた料理人のトゥンが近くで出くわし、撮ってくれた。





















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セイピューの町を出て6,7キロ程度だろうか。奥に見える橋の右手がセイピュー。日中は相変わらずとても暑い。35度くらいあるだろう。ここまででかなりの起伏があった。暑いからモンチャもばててきているに違いない。



















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トゥンがまた様子を見に来てくれた。何でもウチはすぐそこだから茶でも飲んでいけと言ってくれる。

仲の良かったトゥンには、僕が業務で事務所を離れる度、世話をしてくれていた。彼も馬の様子が気になるらしい。

















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彼の姉さん、母さん、別れた父さん、いとこのおじさん家族など紹介してもらっているうちに、ウチに泊まっていけということになった。まだ陽が高いが急ぐ旅ではないので泊まらせてもらうことにした。僕の食事や馬のエサやり、水浴びなど思いっきりやっかいになって世話をかけさせてしまった。竹で編んだ決して広い立派な家ではないが、姉さんの手料理や僕のために設けてくれた寝床など、心尽くしのおもてなしを感じた。

モンチャの体調が問題ないのがとりあえず良かった。






















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by hideoku0413 | 2015-07-29 21:37 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(2)

馬のいる生活 6 旅の準備














ミャンマーでのODA業務が終わり、現場事務所等諸々を撤収し、スタッフ全員が解散してヤンゴンや日本に帰還した。

私はヤンゴンの仏教寺院での瞑想修行を終えてから、地元ミャンマー人達が使う格安バスで一人現場事務所のあった町に戻った。


馬のモンチャがいるためだ。そしてモンチャと気ままに旅をすることを予定していた。


私がいない間、知り合いの工場管理人であるウミョーに賃金を渡し、馬の世話を見てもらっていた。馬は僕がいない間約1か月間、背中に乗られることなくダラダラと大飯を喰らっていたせいでよく肥えていた。が、同時に問題があった。糞尿のある地べたに座って休んでいるせいで、睾丸がばい菌で腫れてしまい、ウジがわいてしまっていた。

ウミョーは村の獣医を呼んでくれ、嫌がる馬の下にもぐって毎日薬を塗ってくれていた。しかし、まだ完治とはいかない。獣医が了承してくれるまでの間、ここで待機することになった。今までの快適な宿舎環境と違い、今はもう冷蔵庫も飲み水も食料もないが、上司に秘密で購入した原付バイクはまだ保管してある。

ここで数日旅の準備を兼ねて滞在することになった。


体重85キロの私だけでも十分重いのに、無駄な荷物を馬に課すことはできない。できる限り負荷を減らすことが課題だ。そのため、レンズ1本を限定し、機材の詰まったバックパック等は積むことを諦めざるを得ない。

近辺でよく見かけるヤギをちょっとした荷物持ちとして同行させるのはどうだろうか?内モンゴルを単独で馬と旅をした人が、馬を2頭操り、日によって荷物を乗せ換え、乗り換えていたからだ。

荒野で出会ったヤギ飼いに聞いたところ、1頭約2000円で売ってもいいよとのことだった。ロバが安く手に入れば考えものだが、ロバはこの近くにはいないし、ヤギよりも高価に違いない。何せヤギをロープで馬と連結し、同行させるのはアイデアとしていいんじゃないだろうかと思った。

しかし、よくよく人に聞いたところ、ヤギは1頭だけ単体では無理だと言う。確かにヤギの放牧は群れで移動してこそ誘導できるようだ。以前アメリカの知り合いがヤギ1頭飼っていたが、散歩などさせることは難しく、よほど無理やり引っ張らない限りついてきてくれなかったことを思い出した。

もう1頭馬を買う余裕もないし、結局モンチャのみにすべての負荷を負わせることになる。今まで飼ってきた経験から、ゆっくり無理せずいけば何とかなるだろうと思う。



基本持ち物は以下の通り





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鞍と鐙、くつわ等の水勒一式。





















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鞍の下に敷く吸湿性マット、くつわを外した際に係留させておくためのロープ





















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自衛用の鉈、野良犬等に追いかけられた際に威嚇するためのパチンコと石つぶて。





















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水筒。村で唯一氷を売っている製氷屋に当日朝に取りに来る旨を伝達済み。





















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サドルバックは安い鞄2つを村の縫製屋につなげてもらった。この中に地図、カメラ、水筒を収納する。




















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そして少量のエサ。大好物の豆の殻、それと少々の青草。毎日必要なエサは通りすがる村々で手に入れるつもりだ。




















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あとは雨具に簡単な着替えとタオルのみ。左右にバランス良く積むには、何度かの試行錯誤が必要に思うが、とりあえずこれが最低限の持ち物。私自身の食料は持っていない。とりあえずは知っている道すがらなので何とかなるだろう。いつも通り短絡的。
























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by hideoku0413 | 2015-07-21 22:06 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(2)

馬のいる生活 5

















馬に乗る際はカメラが邪魔だ。基本的には何も持たずにうろつくことが多かったが、気が向くと小さい35mmの単焦点レンズだけを装着して日暮れの荒野を散策に出かけた。




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by hideoku0413 | 2015-05-27 21:21 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(0)

馬のいる生活 4









馬を飼い始めてから初めての休日、馬小屋造りに追われた。小屋造りを始めたはいいが、僕が仏塔建設プロジェクトで手が開かないのを見かねて、何も言わずに屋根を葺いてくれたミャンマー人もいた。

場所は宿舎の目の前。朝起きてドアを開ければ車両の奥にそこに馬小屋があるというありがたい条件だ。といっても僕が誰の許可も得ずに、都合がいいので勝手に造り始めただけだったが。ここには僕の他、プロジェクトに参加している日本人、ミャンマー人が住んでいるし、JICAのプロジェクトを完成させる目的で訪れているのに、プロジェクトの所長を始め、僕に好き勝手やらせてくれたことには本当に感謝する。

誰も使っていない外の水浴び、洗濯用の水場がある。馬を飼うには絶好の条件の場所だ。
既存の塀や木を利用して、目一杯馬小屋として利用することにした。

材料は近くの町から調達。始めは誰の手助けも得ずにやっていたのですべてバイクで運搬した。6mの竹数十本を数回に分けてバイクで片手運転。それでも交通規則に違反しないミャンマーは楽でいい。運べるものはすべてバイクで運ぶ。その内知り合い達が手伝ってくれて屋根材、ロープ等を運搬した。







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エサやり場、兼寝床は正面真ん中。ここに屋根を施工。エサやり場は2本の木が適度に離れた間を利用する。元ヤシ油精製工場なので、廃材としてそこらに転がっていた古タイヤをエサやり台として利用。

エサは乾燥したワラに川沿いで収穫された青々した草、それと豆の殻。すべて近くの町から購入できる。場合によっては仕事で訪れた村々で数種類の草を購入することもある。飼い始めた当初はとても痩せていたので、1日に約6回ほどエサを与える。見る見る体格が大きくなってきてからは約4回程度。何せいつも腹が減っている。

馬のエサは牛のエサとは違う。牛は比較的好き嫌いなく草なら何でも食べるらしいが、青草と豆の殻はミャンマーでは馬にあげるエサとして利用されている。なので馬がそれほど多くないこのエリアでこのエサを入手できるのは助かった。近くの町の馬主も色々と情報を提供してくれ、全面的に援助してくれる。何かと知らないことが多い馬の管理において、こういったコミュニティーでの体制がとても頼りになる。















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寝床兼エサ場の両側は自由に歩き回れるエリアとした。左右各約50坪程度の土地。今まで雑草が生えて立ち入らないエリアだったが、モンチャが歩き回り食ってくれるお陰ですぐに整地になった。




















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青草を近くの村に買いに行く。馬で30分程度かかる場所だが、仕事のついでに購入することも多い。青草はこのおばさん姉妹が毎朝近くのエーヤワディー河沿いで調達する。
今まであまり売上が良くなかったらしいが、僕が週に1度や2度、定期的に購入しに来ることになったのでとても喜んでくれる。


















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かまってもらいたくて邪魔をするモンチャ。こいつは早朝腹が減って我慢ができず、よく囲いを破壊して逃げ出すくせに、その囲いを直している間も僕の髪の毛を噛む始末。まだ2歳半と遊びたい盛りかもしれない。

嫌がる時は強く噛みつき、遊びたい時は軽く噛みつく。どっちにしろ腕や肩にアザができる。


















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自家用車。





















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by hideoku0413 | 2015-01-19 23:19 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(1)

馬のいる生活 3


















始めて飼った馬の名前はモンチャ。僕と同じでよく食う。

出社時間ギリギリに起きていた生活から、朝に乗馬をするために早起きする生活。贅沢さは感じない。朝起きて自分の顔を洗うより前にまずエサ。宿舎のドアを開けた瞬間にヒヒーンと啼いてエサをせがむ。

しかし、数週間経つと、ようやく作った馬小屋をこいつはよく壊す。そしてエサを漁る。時にはどこかに行ってしまう。忙しい朝にいきなり捜索する羽目になる。こいつは中々ヤンチャなやつだ。もう数回腕を噛まれた。









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by hideoku0413 | 2015-01-03 01:13 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(0)

馬のいる生活 2















今年2014年の4月に馬を飼い始めて以来、寝ても覚めても馬の事を考えるようになった。

餌の事、今後の調教の事、預けている場所の事。契約してミャンマーでの業務のために赴任しているにも関わらず、馬中心の考え方になってきた。これはイカンと思いつつも、同僚の人達は理解してくれている。この環境が何よりありがたい。



今写真を見返すと、僕のところに来た時はとても痩せていた。

名前はモンチャ。僕が以前アメリカの牧場で働いていた時に世話をしていた馬の名前だ。何だか考えても特に思い浮ばず、名前は何?と聞かれるうちに結局そうなった。

知り合いの馬主の所に預けているこの時は、仕事で建築現場に向かう際についでに訪ねていくことが多い。3,4日預けているだけでもう太ってきた。まだ僕にはなついていない。買った時はおとなしかったが、気が立っているようだ。この間の長距離の移動が相当キツかったに違いない。また僕にどこか遠いところへ連れまわされると思っているのだろうか。

鞍と鐙、手綱は結局いくら探してもこの近辺には売っていない。結局ヤンゴンに1人だけいる職人に手作りで作ってもらい購入した。

仏塔復興計画も進めている傍ら時間が限られるが、休日には乗りに行きたくてウズウズする。

当初はカメラを持っていくことが多かったが、乗馬中に納得できる写真が撮れないし、カメラが邪魔して乗馬に集中できないこともわかった。それでもレンズが小さく軽い単焦点だけ付けて乗ることもあったが、その内カメラを持たないようになっていった。








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by hideoku0413 | 2014-12-20 21:54 | ミャンマー馬のいる生活 | Comments(0)