Nowhere To Hide

最後のベナン














やっっっっっっっっっっっっっっっっっっと長かったベナンでの業務が終了した。





当初約1年半の滞在の予定が、結局2年弱まで伸びてしまい、プロジェクトとしては大成功とは言い難いが、最終的に今までベナンに存在しないレベルの立派な病院が完成した。
ベナンの保健省にすべてを引き渡した瞬間、我々プロジェクトチームは言い尽くせない満足感と達成感、安堵感と虚脱感を味わった。これ程難儀し、絶望したことがここまであっただろうか、というくらい問題を抱え、ひとつづつ問題を解決しつつ、次々と問題が増えていくという、正にアリジゴク状態に陥った感覚で皆業務をしていた気がする。

そういった感覚は何もベナンに全ての問題があるわけではない。我々日本を始め先進国で育った当たり前の考え、文化が、ここでは当たり前では無かったという単純なことだろう。物事は日本でのやり方ですべてがうまく行くはずもない。ベナンではベナンのやり方を受け入れつつ、我々の目的としているクオリティを維持するやりかたで進めるべきだ。

彼らにはモノをメンテナンスするという感覚が無い。家でも車でも無理やり部品が無くても完全に壊れるまで何とか使う。この感覚は何としても治すべきだろう。せっかく設置した高品質の医療機器も、数年で使い物にならなくなっては意味がないから、これは口を酸っぱくして持続してもらおう。

はっきり言ってベナンを総合的に見て褒める気は無い。正直会社などの営利団体にはひどい所が多かった。裏切り、騙しもあり、できるかできないかわからない仕事でも金のためにとりあえずできると言う。やったこともないのにやったことがあると言う。約束も守らなかったり、スケジュールも組めない、社会としてはとんでもない所でもあった。資源も自国の産業もないベナンでは電気も隣国から買っている。外国から援助を受けるのはある程度当然というような感覚もあり、外国人を金づるとして利用してやろうという側面があるだろう。

銀行などの信用が第一の機関でも、口座の金額に間違いが多発する。間違えても誤らない。追求しなければそのまま、、、、のような問題も多かった。省庁などでも少し話がややこしくなると間接的に袖の下を要求してきたりする、、、、、。勿論支払わないが、もう社会としてはありえない間違いや不信感は拭えない。

しかし、小さな町はずれに住んで、村々に住むベナン人と接し、ひとりひとりの純朴さ、誠実さにはとても感心した。
向上心はあまり感じられないが素朴で贅沢を望まず、今ある環境や生活水準に正面から向き合って笑って過ごす人達。
モノに頼らず快適さや便利さを追求しない人達だった。

健気な若者も多かった。
彼らは人間らしくてとてもオープンで気さくだった。
喧嘩っ早いのも含めて裏表のないわかりやすい人達だった。
ブードゥー教で知られるボドゥンというベナン発祥の宗教と混ざり合っていることもあるが、敬虔なキリスト教徒も多く、信頼できる頼もしい人間にも出会えた。

年輩を敬い、家族の絆が強く、他人でも気兼ねなく話し合ったり、手を貸したりするつながりのあるコミュニティ。気さくにバイクの後ろに乗せたり狭い椅子を譲り合う思いやりのある人達だった。






先日ベナンから乗った飛行機の中であるベナン人に挨拶をされた。日本のパスポートを持っていたのを見て、ベナンで数少ない日本人だから、あの病院を作った人間に違いないと思われたようだった。しばらく言葉を交わした後、名刺を交換すると、ベナン国大統領、タロン氏だった。彼から直接建設した病院を感謝してもらい、何だか充足した気分でベナンを離れることができた。


あーつかれた。













c0248100_23384016.jpg



























c0248100_23384013.jpg




























c0248100_23384039.jpg



























c0248100_23384047.jpg




























c0248100_23383952.jpg



























c0248100_23384065.jpg




























c0248100_23383960.jpg



























c0248100_23384156.jpg




























c0248100_23384162.jpg

by hideoku0413 | 2018-05-10 00:42 | 西アフリカ ベナン