Nowhere To Hide

2015年 08月 22日 ( 1 )

ジイさんの足跡 3 パヤーチージン村


















日本軍の規模の大きな基地があった場所に向かう。

この場所に行くには州境を越えねばならない。境には外国人立ち入り禁止の物々しい看板や、一応そこに詰めている役人がいるが、関係なくバイクで通り過ぎる。これより先はキリスト教徒が多いらしく、十字架の立つ墓場などが目立つ。これより東に行けばいくほど少数部族の紛争地帯に入っていく。

この道は、ジイさんが戦死したとされる通称モーチ街道(現在では使われていない名前だが、東のモーチへ続く道として日本兵がそう呼んでいた。)へ続く道だ。ここは避けて通れない。






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高台になっているこの丘には日本軍倉庫および基地があったそう。西方全域が見渡せるので拠点としては都合のよい場所のようだ。現在は村(パヤーチージン村)が形成されており、頂上には仏塔及び寺院がある。



















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丘の上の現在の住職。この近辺は戦闘の激戦区でもあり、多数の死傷者が出たそう。また戦後、ヘルメット、軍刀、爆弾等が見つかっているそうだ。この丘には日本兵が利用した3か所の洞窟があり、現在も2か所を見ることができるとのことなので行ってみた。



















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のぼり口と同じ道だ。行きしなには気が付かなかった。





















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この洞窟には10人~12人程度の兵隊が隠れ、ガソリン等を隠していたそうだ。(奥行き約8m、幅1m、高さ1.5m程度)




















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この丘の下の街道沿いは、激しい戦闘で亡くなった日本兵の墓地として埋葬されていた場所だが、つい最近の土地造成地区として、山側の土地を切り崩して埋め立てられてしまっていた。今までに何回も日本からの遺族会が訪れ、遺品は全て堀出したとのことだったが、残念でしかたがない。掘り起こさずに埋め立ててしまったので、知るすべがない。


















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U Chit Sein氏 87歳 
元ミャンマー軍人(現在はこのパヤーチージン村に住んでいるが、戦時中は国内を転戦。この村近辺の事は戦後に聞いた話として知っている。)
日本軍がタイ方面より進軍してきた際は、アウンサン将軍が連れてきた仲間として見なされ、日本兵に村々でもおもてなしできたが、退却する際はミャンマー軍は敵対する相手となってしまい、食事を与えることもできなかったとのこと。また2回目にミャンマーに進軍してきた日本軍は、マンチューコー(満州国?)の兵隊を連れてきており、その兵隊達が村の娘達をさらったりしたせいで、日本軍の印象が良くない面もある。彼自身、マンチューコーは日本の島だと思っており、日本が植民地化した中国の一部だとは知らなかった。(マンチューコーが満州国かどうかは事実未確認。)


















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by hideoku0413 | 2015-08-22 22:12 | ミャンマー忠二じいさんの足跡